大量消費社会

改めて、リオ会議のホセ・ムヒカ大統領(ウルグアイ)の演説を聞いた。

fbの記事でシェアされており、「世界一貧しい国の大統領の衝撃的な演説」という

タイトルでシェアされていた。

2012年6月に行われたリオ会議。持続可能な発展と

世界の貧困をなくす事を目的としたこの会議。

2年前は正直何も感じなかったが、改めて聞くと光る言葉がたくさんあった。

ホセ・ムヒカ氏は問題・解決策・結果を考えたときに本質的な部分で議論が行われて

いないことを鋭く指摘していた。

そして、大量消費社会こそが最大の問題点であり、さらに環境問題では無く政治問題だと

指摘している。

1937年、NY万博で「消費者の為の万物の祭典」と謳われた。

それが何を意味するかというと、今まで生産者(労働者・国・企業)による祭典だったものが、その対極である

消費者にフォーカスされたという事。

生産と消費。この二つの活動が人間には欠かせない。そしてバランスが取れていなければならない。

摂取カロリーと消費カロリーに例えると、わかりやすいかも。

一日1000㎉摂取して、1000㎉消費すれば肥満にはならない。摂取したものをきれいに消費してるから。

社会の流れに置き換えると一番無駄のない状態。バランスのとれた状態。

現代社会をこれで例えるなら、10000㎉のものが目の前に置かれており、食べても食べても無くならない。

一生懸命消費(消化)しようとしても間に合わない。飽和状態をキープした状態。

理科の実験なら、物質が行き場所をなくして互いに集まり結晶化した状態。

明らかに不健康。こんな風に見える。

大量消費社会により、我々は知らず知らずのうちに自発的な消費欲以上の消費を行わざるを得ない

状況になっており、消費をするためのお金を稼ぐために自分の人生の時間を

費やして、知らない間に年を取っている。消費を行うことをに快感を覚えるコンシュマーズハイ状態。

そして目の前にたくさんある幸せを素通りして血眼になって全力で走り去っていく。考えるだけで恐ろしくなる。

じゃどうすればいいのか。

「足るを知る」事だと思う。

「老子」での一節。

足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り(満足することを知っている者は富者であり、努力している者は志ある者であると言える)」

無限の欲求を足を止めて一度見直して、本当に必要なものかを考える余裕を持つことだと思う。

ホセ・ムヒカ氏はアイマラ民族の言葉を掲げている。

「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、

いくらあっても満足しない人のことだ」

表現は逆だけど、同じこと。

この意識を一人一人が持つこと。なかなか難しいけど。

そして、これからのポイントは、1の消費を1人でするのではなく、何人かで行うこと。

これは最近流行っているのでこの流れは大きくしていくべきだと思う。

実はかなり簡単なことで、環境がそれをしにくくさせてるだけ。

焼肉を一人で食うより、何人かで食べた方が、いろんな種類をたくさん食べれて

更に一人当たりのコストは安くなる。みんな自然にやってること。

人間の習慣を変えるには意識以上に環境が大事だと思う。

シェアすることへの意識を自然に誘導できる環境づくりをこれから考えていかなければならない。

消費者の取捨選択が求められ、完全に主導権が移った今

生産者が効率良く大量生産を可能にしたように、消費者もより効率的に必要最低限のものを手に入れ

無駄は省かなければならないのは当たり前の流れだと思う。

(自分もマスコミにかかわる立場として、広く伝えるべきことがターゲットに伝えるべき事で、

本当に消費するに足るものかを考えることがよくある。このことに関してはまた違う流れで書こうと思う)

話は飛ぶけど

最近、もっぱらキャンプが好き。

知らない土地で外にテントを張って、火をおこして料理をしたり、お腹がすいたら

貝を取ったり魚を釣って捌いたり。

朝日が出たら自然と目を覚まして、昼間生きるための活動をして、たき火を囲んで一日会ったことを

仲間と話して、月が登ったら寝る。

都心に住んでたら当たり前の事に手間がかかり、普段の生活がどれだけ満たされているかが

わかるし、人間の生活ってこれが基本なんだろうなって改めて原点に気持ちを立ち返らせることができる。

地に足つけた生活というか。バランスのとれた生活。

大量消費とは対極の生活。

ここにヒントがあると思う。

足るを知るという事の。

みんな「GO CAMP!GO CAMP!」って言うて、キャンプ生活始めたら始めたで

また違う問題が生まれると思うけど、キャンプで感じることができる感動は感じるべきだし、

その感覚を普段の生活に応用すれば、何か新しいものが生まれるかもしれない。

生産活動と消費活動。そしてその活動を誰とするか。どうバランスを取るか。

これはかつて疑問視するレベルではなかった問題だと思う。

ただ当たり前な事が当たり前じゃない今、再度自分の足元を見つめ直して生きる事に「足る」

事を意識していこうと思う。

かくいう自分も定食屋で「御代り自由」「大盛り無料」と言われたら

ためらい無く食べてしまうハイパー消費者であることへの

戒めの意味も込めてこの文章を書いた。

HH

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